アイドルのキャラ

 お久しぶりです。
 いろんなアイドルグループを見て、よくいるキャラクターを羅列し、偏見ありきでその特徴を書きました。順番に特に意図はありません。ほとんどのアイドルは、どれか一つのタイプに当てはまるというより、これらの複合と思われます。ネーミングセンスのなさはごめんなさい。

①プロ
 己のアイドル道を徹底していて、可愛さに対する探究心が強い。俗にいうぶりっ子。甘いものとピンク色が好きなことにしている。髪型(前髪や触覚)・服装などに異常なこだわりがある。いつも変わらないスタイルを持っている。悪く言えば融通が利かない。決めゼリフや決めポーズ、必殺技などを作りがち。メンバー間で本当にかわいいとされるメンバーが他にいて、よく引き合いに出されてイジられる。その徹底した意識の高さゆえ熱心なファンと熱心なアンチを同時に抱える。

②明るいバカ
 一般常識や基礎学力が足りていないが、口はよく回る。むしろMCなどでは他のメンバーよりも喋れる。正解不正解関わらず質問にすぐに答える(というか言葉を発する)ので重宝される。ただ通訳が必要な場面がある。ちょっとしたことですぐ感動しがちで、周りのメンバーを褒めることが多い。語彙が少ないので「すごい」「やばい」「マジ」などの単語を連発する。メンバーから可愛がられ、内輪のイベントでよく活躍するが、なかなか1人で外仕事には出してもらえない。

③器用貧乏
 歌、ダンス、トークあらゆることを卒なくこなすが突出した実力や個性はないため、特に目立たない。しかしいなくなるとその存在の大切さに気づく。MCを回したり、ユニゾンを支えたり、非常に重要。アンケートの「裏方の仕事が得意そう」なメンバーなどに選出されがち。メンバーの相談に乗ったり、アドバイスをしたり、好きな人にとっては響くが、やはりどうしても地味なエピソードが多い。変な趣味を持っているが、あまりお披露目する機会がない。なかなか人気が出にくく、ファンがもやもやしている。

④スキルブス
 あまり可愛くない(失礼)が、やたらパフォーマンススキルが高い。歌が上手い、ダンスが上手い、あるいはその両方。ビジュアルで出遅れていることを自覚している。ただ諦めているわけではなく、メイクや自撮りが上手いなどのスキルを後発的に身につけがち。ときどき異常に可愛い自撮り写真を上げて「確変」などと言われる。パフォーマンスについては自信がある。向上心が強い。自分の長所と短所を自覚しているので、多くの場合やることが明確で推しやすい。一度好きになると中々抜け出せない。

⑤ギャル
 髪色が明るく、メイクなどあらゆるビジュアル面において男ヲタ受けというものを捨てている。女ヲタが多い。InstagramやWEARを個人でやっていて、服装が派手。肌を露出しがち。他にもメイクポーチの中身やメイクの仕方をブログで自発的に公開するので、握手会で似たような見た目の女ヲタが多数発生する。ノリが良く、普通は言いにくいことをズバズバ言うが場の雰囲気を悪くしない。意外と萌えセリフ企画などを嫌がらずにやる。根は真面目、実は優しいなどのギャップがある。

⑥癒しマイペース
 この人のまわりだけ時の流れが遅い。平和主義で滅多に声を荒げない。感情の起伏がゆるやか。よく、イジられて「なんでですか!」と返す。エピソードトークが苦手で話の着地点が見えない。結構ミーハーで周りのメンバーの影響を受けがち。だいたい犬を飼っていて家族と仲良しエピソードがある。
 
⑦ビジュアルエース
 シンプルに見た目が可愛いためにあらゆる点で「許されている」。パフォーマンスなどに欠点・弱点があって、保護欲を刺激する。だいたい1番人気になる。可愛いと褒められるとやたら謙遜する。メンバーの中に、なぜか1人妙に舐めている人がいて、よくイジる。わりと気が強く好き嫌いはハッキリしている。バラエティ番組で置物と化す。一度打ち解けた相手にはとことん甘えるが、基本的に人見知りで壁を作りがち。アピールはしないがメイクやパフォーマンスなどに強烈なこだわりを持っている。発言する機会は多いが発言は少ない。

⑧オールマイティ
 ビジュアル、スキルなど全てがトップクラスの水準で備わっており、万人に好かれ、常に目立つところにいるが、かといって1番人気にはなれない。目立つ欠点がないところが逆におもしろくない、俺が支えなくても、などと言われるため。高嶺の花。周囲から尊敬され憧れられているが、イジりにくく、本人が積極的に道化ないかぎり、メンバーの中で浮きがち。後輩との絡みが極端に少ない。

⑨水着要員
 体つきがエロいので、実人気以上にグラビア人気がある。アイドルという特性ゆえ、なかなか面と向かって他のメンバーもファンもイジれないが、みんなわかっている。本人は積極的には脱ぎたがらない。どちらかといえばぽっちゃり気味で、むしろ痩せたいと思っている。しかしほとんどのファンがそれを望んでいないという乖離がある。多くの場合、自分で努力して勝ち得た体型ではないので、グラビア以外の自分の実力を認めてもらいたがる。

⑩重い
 よく心を病んでいて、自虐傾向がある。やたらナイーブで、ファンが気を遣う。長文が好き。心の弱みを見せているので、ガチ恋が多い。ただ重すぎてついて行けなくなったファンに推し変されることも多い。友達は数より質という考えがあって、派閥や仲良しグループなどには参加しないが、メンバーの中に2人くらい親友がいる。インドア派のヲタク気質。不器用で、なかなか報われない。

⑪芸人
 アイドルらしい清楚さや大人しさに縛られていてはグループの中で埋もれてしまう、と戦略的に芸人気質の行動をとる。頭脳派で裏では真面目にいろいろ試行錯誤している。変顔をやたらする。持ちギャグがあって、周りを巻き込んでフリをきかせる。素がおもしろいというより、意図的にスイッチを入れてやっているので、ステージと楽屋でのギャップが大きいメンバーなどで真っ先に名前が上がる。バラエティ番組に早い段階から呼ばれる。しかし根が真面目なので、ハッチャケきれず、そのことで悩みがち。

⑫あざとい
 ぶりっ子タイプとは違って、好かれたいが、同時に心の奥底であまり嫌われたくないとも思っている。そのため、さりげなく魅力的な行動をとろうとし、また、実際にとれていると思っている。だが、大抵みんな気づいている。自分の思い通りにイジられることは厭わないが、思わぬ形でイジられると反発する。逆に人のことはよくイジる。「こう見られたい自分」という理想が強く、自己中で目立ちたがり。こう書くとメンバーからもファンからも嫌われそうだが、こうした一連の要素が一周回って可愛いく見えてくるので、そうでもない。
 
⑬みんなの妹/お姉さん
 グループの中にあってこそ活かされるキャラ。甘え上手、面倒見がいいなどの特徴があり、グループの人間関係の中で見ていると非常に魅力的に写るが、個人として勝負できる実質的な個性や能力とは言えないので、本人は葛藤している。似たようなものに、最年少/最年長がある。どのアイドルグループでも最年少はたいてい「年のわりに案外しっかりして」いて、「たまに年相応の子供っぽい一面をのぞかせる」。それはそう。

⑭脱力系
 基本的にテンションが低い。しかしやる気がない、などと怒られるような感じではなく、キャラとして認められている。ひな壇で立ち上がったり、移動したりすることを億劫がる。笑いや服装などのセンスがある。スキルもある程度ある。ただ脱力系だからそう見えているというパターンの可能性もある。一方で自分の好きなテーマについては急によく喋り出す。実は熱い、努力家、などのエピソードを他のメンバーから出されがち。

⑮元気な子ども
 落ち着きがなく、よく動き回って、声が大きい。ボリュームの調整が苦手。年齢よりも幼い印象を与える。特典映像などでオフ時にカメラを回していることに気づくとやたら映りにくる。ただし、疲れた時や、自分の興味の薄い時にあからさまにテンションが下がる。ロケ企画などでオーバーオールを着せられがち。お姉さんタイプを慕ってくっつく。

⑯セクシーお姉さん
 童貞殺傷力が高い。水着要員が多くの場合自らエロを狙っていないのと違って、こちらはわかった上で狙ってやっている。直接的でなくとも、連想させるような言葉を放ったり、行動をとったりする。たいていそんなに胸が大きくないが、デコルテの美しさや、虚ろな目つき、口を半開きにするなどのテクニックでカバーしがち。年少組のメンバーにエロい!と言われるとそんなことないよ、と言いながら嬉しそうにする。

⑰常識人
 あらゆる感覚が一般的なファンに近い、庶民派であるという親近感を強みとする。SNSなどで巧みにプライベートを明かし、利用する。流行り物には積極的に乗る。ときどき手料理の写真をアップしたり、そうでなければ有名店に並んで行ったりする。周囲のぶっ飛んだキャラに視聴者目線のツッコミを入れることが使命。外仕事でバラエティ番組に出た際、大御所の一挙手一投足に大げさにリアクションをとりがち。

⑱迷い人
 個性的なキャラになろうとして失敗している。特筆すべき個性を自ら見出せていない、という点では器用貧乏と似ているが、あちらはそれを受け入れてうまくやりくりしているのに対して、こちらはもがいてあらゆる方向に手を出しすぎて残念になってしまったパターン。案外、本人が意図していない、あるいは避けている部分に個性がすでに確立しているが、本人に理想があるので、そのことをまだ受け止められていない状態。真面目で不器用。


 

「墓場、女子高生」を観た。

  東京ドームシティシアターGロッソにて10/14-22まで上演されていた舞台「墓場、女子高生」を2度鑑賞した感想をつらつらと書き留めておこうかと思います。

 1度目は16日ソワレ。モバイル1次応募で確保したB列下手側の席でした。2度目は19日ソワレを当日券で確保し、X列中央付近の席でした。

f:id:pureporu46:20161023201219g:image

 B列は肉眼でも表情はよく見えるが、全体が見渡しづらく、X列はその逆。マスクをかぶるヒーローショーならともかく、表情を見たければ、X列(というか後方)は双眼鏡があった方が良いかもしれません。まぁ、そういうわけで、前後に極端な2席で観劇した次第です。


 Gロッソは高さのあるハコです(ちなみに、したがって、座席も前後で高低差が大きく、視界は確保しやすいです。)。その特性を存分に利用したセットが組み立てられていました。

f:id:pureporu46:20161023205352j:image

 同時に多数の演者が登場しても、それほど窮屈に映りませんし、動きが出やすいセットでした。上下方向も利用することで距離を取れるので、そういったところが演出にうまく生かされているとおもしろいと思います。


 さて、感想です。正直なところ、少し物足りなかった。おもしろい花をつけそうな種をまいたのに、その後の成長を観察しないような感じ。いくつか具体的に見ていきたいと思います。

・人物描写の浅さ
 まず登場人物が多すぎると思います。日野が主人公となっていますが、日野はメタ的には作品世界に能動的に影響を及ぼす人物であって、この作品はむしろそれによって影響を受ける日野以外の残された者たちの物語といった方がしっくり来ます。日野だけは作品を通じて変化がありませんから。よって、高校生7人と教師1人会社員1人の計9人(!)が、日野が作り出すきっかけ(自殺、復活、そして2度目の自殺)によって変化していく物語と言い換えてもいい。これを2時間の公演時間の中で描くには、人数が多すぎる気がします。人物間で描写の濃淡に差があればまとまったかもしれませんが、そこまでの差はなく、全体的にぼやけた印象を受けました。

f:id:pureporu46:20161025121111j:image

 たとえば、執拗に日野の墓を破壊しようとする納見や、オカルト部に転部した西川などの行動は、そこに至るまでの心理がもっと丁寧に描かれていたらおもしろかったと思います。西川と残された合唱部員たちが、日野の死との向き合い方をめぐって口論をするシーンも、それぞれの向き合い方、「整理」の仕方が十分には伝わってなかったので、セリフの迫力だけが独り歩きしているように感じました。日野の死がそれぞれに落とした闇に、深みが感じられなかったのです。
 

・高校生である必要性
 高校生、という年齢設定はもう少しいかされても良かったのではないかと思います。教師や会社員といった「大人」との対比としての「高校生」というニュアンス。確かに、自分たちのルールで自分たちだけの世界を作り出し、自分たちだけに通じる言語で遊ぶさまは、いかにも高校生らしい。すじょいせん!のようなフレーズは象徴的です。しかし、もっと負の側面といいますか、あの時期ならではの葛藤や不安も描いてほしかった。恋愛や友情、テストの結果や、親との仲。他の人からすればほんの些細なことでも、それによって世界がまるきり変わってしまうと信じて疑わないような、そんな多感な時期。種はたくさんあったんです。メンコの性の葛藤、西川の社会への漠然とした不信、武田のいじめ、などなど。しかし、ほとんどが浮ついて、本筋に絡まずに、ただその場限りの笑いに転換されて終わってしまっていました。合唱部ならではの悩み、ハモりがうまく行かないとか、そういうものもあっても良かったかもしれません。
  悩みの中身は別に何でもいいのですが、なぜこうした負の側面をもっと掘り下げてほしかったかというと、残された者たちがそれぞれ日野の死に責任を感じていた、という部分がより重みを増し、したがって、そこにつづく日野の、自殺の理由になるほどみんなとは仲良くなかったよ、というセリフがより強烈になるからです。それぞれが死の理由を美化するにも、元が汚れていなければ、その美しさは際立たない。ようするに、作品を通して、物語にもっと激しい起伏が欲しかったのです。
 
・笑いのバランス
 作品全体にわたるユーモア、笑いの要素の過度であったことも、私には疑問です。人の死を扱うにあたって、笑いという対照的な要素を利用することの効果は抜群であります。しかしながら、バランスが悪ければ、お互いの魅力を薄めてしまう。笑いによって、死が落とす影が薄くなってしまう。今作品は個人的には、そうした状況に陥っていた気がします。ひとつひとつのネタがおもしろくなかった、ということではありません。作品全体に及ぼす効果が、いまひとつ掴めなかったということです。たとえば、幽霊になった日野が冒頭から出演し、観客に見えている、という状態は、彼女の死のインパクトを弱めてしまっていたと思います。

 日野がひとりひとりに、自らの死の理由を美化させるよう問いかける場面は、私も好きな場面です。あそこにおける笑いの要素(ガンジーやら、クライドとボニーやら、フランダースの犬やら、なにもかもすべて)は絶妙だと思います。あそこの場面で、死の暗さと笑いの明るさの対比による面白さがピークに達する。しかし、その効果は、日野の死が落とした影が濃ければ濃いほど効いてくるものなので、惜しいなぁとも思いました。

f:id:pureporu46:20161025155025j:image

 ひとつひとつのシーンを細切れにすれば、おもしろい部分はたくさんありましたが、それに糸を通してひとつ大きな流れとして見たときに、不足を感じてしまった、というのが感想です。
 

川尻松子という人物をいかに観客に納得させるか。

 30日の夜、品川club EXシアターにて桜井玲香さん主演の舞台「嫌われ松子の一生」(赤い熱情編)初回公演を鑑賞してきました。本記事では、この作品についての僕なりの解釈を書きます。演技についてはまだ触れていません。また後で別に書くつもりです。

以下の内容はネタバレを含む気がしますので、神経質な方などはご遠慮ください。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 絶望というものは希望のあとにやってきます。希望が間に顔を覗かせるからこそ、絶望はより深く、重くかさなり、のしかかっていく。

嫌われ松子の一生」はそんな話です。

一言でいえば、松子が堕ちていく絶望の話。しかし、それは希望との対比の中で描かれています。決して絶望だけの話ではない。

 ツイッターを見ていたら、「嫌われ松子というけど、松子は愛されていたんだ」というような感想がいくつかありました。それはこの「希望」に焦点を当てているわけです。だから当然といえば当然。

 しかしながら、私の感想としては、結局これは絶望の話であるということに変わりはありません。作品の焦点は希望ではなく絶望に当てられている。

 松子はなぜ絶望の波にのまれていくのか。いかにしてのまれていくのか。それがこの作品の本筋です。

 そしてもうひとつ。作品紹介の中には「松子と彼女を取り巻く6人の男たちとの愛憎劇」というようなものもあり、松子と6人の男たちが作品世界において同等の価値の存在であるかのように受け取られかねませんが、これはあくまでも松子の話です。男たちの話ではありません。そんなことは分かっている、と思われるかもしれませんが、これが大変重要で、極端な話、男たちというのは松子の希望と絶望を演出するための装置でしかない。それらのきっかけとなる事象を産み出せばそれで良いのであって、作品世界において松子を「食う」存在であってはいけないのです。男たちの感情は、あくまで松子の感情を彩る飾りとしてとどまらねばならない。どこまでも松子が中心にいることがこの作品を成立させるのです。そうでなければ、話の軸と魅力がブレてしまう。また、上演時間の制約からも松子だけにフォーカスが当たるべきなのです。

そういうわけで、主役の松子は想像以上に"主"役なのです。

それでは、そんな絶対的な中心人物である松子とはどんな人物なのか。僕の解釈では、彼女は依存の人です。不器用で、一つのこと、一人の人に病的なほどに依存してしまう。どうしようもなく愛してしまう。愛情深い性格だから、優しいから愛を与えるというよりも、愛にすがって生きている、そんな人物です。人との繋がりに生かされている。誰しもそういう面はありますが、その程度がはなはだしいのです。劇中の表現でいえば、燃え尽きるように生きているのです。

 忍者漫画「NARUTO」の中の印象的なセリフに「己にとって大切な者が必ずしも"善"であるとは限らない…(略)たとえそれが"悪"だと分かっていても人は孤独には勝てない」というものがあります。

 これが松子という人物をうまく言い当てられると思います。「なんでこんな男を好きになるの?」という感想を持つのはおそらく松子という人間をよく理解していないのだと思います。人を愛するということについての捉え方が違うのです。

 作品世界の中でこの松子が絶望にうたれて変貌していきます。最後、元来は孤独では生きられなかった人が孤独を選ぶようになる。その移り変わりは注目すべきポイントです。そして孤独を選んだ松子の結末。ただ6人の男が順々に出てきて、希望と絶望を繰り返して、というわけではありません。一人ひとりにしっかり役割があります。

 松子が男たちになぜ惹かれていくのか。松子の悲痛さを魅力的に(※ポジティブにという意味ではない)描く上で、この点は観客に納得させなければなりません。共感はさせなくとも。なぜなら絶望への助走として大変重要なのですから。この作品のおもしろさは蓄積していく色濃い絶望にあり、それが美しく描かれるためには、希望はまぶしいほど輝いていなければならないのです。だから、「そのとき、私は神様はいると思いました」と希望を見つけるシーンは、本当に救いがなければなりません。 なぜ救いになるのか、なぜ松子にとってその男が希望たりえるのか。一人ひとり理由は異なりますが、そこが納得できなければ、作品はつまらないものになるはずです。

 松子を演じる上で難しいなと思うのは、変化の蓄積をいかに表現するか、という点です。一回一回の絶望が全力でなければならない。それは松子の人物像、依存性を考えても必然であるのですが、一方では、単純に男に捨てられることへの絶望に加えて、積み重なる絶望に対する絶望という新たな要素も表現しなければなりません。全力の上にさらに積み重ねていく。それをいかにして、殺人、入水、あるいは、龍とのシーン、執拗に自分に対する愛を確認するあの行動といった、変化が顕在化していくシーンにつなげていくか。積もっていく負の感情をどう見せるのか。

 松子が絶望の人生とどう向き合っていくか。立ち向かっていくのか、はたまたあきらめてしまうのか。

 僕が好きなシーンは、入水自殺を止めた島津との幸せな生活が始まろうとした矢先、松子が小野寺殺しで警察に逮捕されるシーンです。髪を切って「生まれ変わり」、過去のことを見ないと言ってくれた島津との希望の生活。これまでの希望よりも確実に見えた希望(ところでこの一連のシーンの玲香さんがなんとも幸せそうで大変かわいく、それが後の悲しみとの対比においてもいい効果を発揮しています)。しかし、松子は絶望からは逃げられないのです。島津は忘れても、過去は松子につきまとい、絶望は警察に連れられてやってきます。必死にかばう島津。しかし、松子は「わかりました」と罪を認め連行されていきます。このときの悲しみたるや。他のシーンと違ってさりげない表現となるシーンですが、印象に残ります。「なぜ偽名を使わなかった?」松子は松子以外の何者にも生まれ変わることはできていなかったのです。このシーンはある意味で「"嫌われ"松子の一生」を象徴するシーンだと思います。

 反対に、僕がイマイチ気に入らなかった点をあえて挙げると、教会において龍が岡野に対して「松子は神だった。愛だった。」というシーン、そしてラストの終わり方です。

 松子が愛の人であることをわざわざセリフにするあのシーンは蛇足に感じます。それは、男たちとの希望のシーン、松子がいかに男たちに惚れているか、というところで見せるべきであって、セリフにされると冷めます。

 ラストの終わり方は、龍が松子の遺骨を抱くというもの。終盤はむしろ龍の視座に物語が移行していくのですが、これには納得できません。それこそ前述したようにブレています。松子の劇的な死で終わるのが美しいと思います。作品が龍と岡野の会話に基づいて過去が回想されていくという体だからこそ、ああいう終わり方なのかもしれませんが、あまり美しくない。

 というわけで最後には少し苦言を呈してしまいましたが、しかしながら総合的には、松子の悲惨な人生が観る者の心にも重くのしかかるほどしっかり描かれていて、桜井さんの命を削るような演技表現にも魅せられ、大変満足しました。

あと何公演か観に行き、なにか新たに感じることがあればまたブログを更新したいと思います。


 

15th選抜発表を受けて

 こんばんは。

 前回の更新から、かなり間が空いてしまいましたが、昨日「乃木坂工事中」にて15thシングルの選抜発表がありましたので、そのことに少し触れておきたいと思い、記事を書きます。

 15thシングルで、玲香さんは2列目10番(上手端)のポジションが与えられました。前作まで2作つづけて3列目でしたので、今作では1列前に来たということになります。また、これにより福神への復帰も果たしました(今回は10福神)。

 玲香さんのコメントは、前作前々作と福神から落ちていたことで、それまで甘えていた自分自身について見つめ直すことができた。その成果を、夏から6年目に入り、3期生も加入し、大きく変化するであろう(してほしい)グループにおいて、発揮できるように頑張りたい、とのことでした。

 この、自分自身について見つめ直す、ということに関して、少し前になりますが、今年の3月末に発売された雑誌UPDATE Girls vol.003の中のインタビューで興味深いことを言っていたので、以下引用します。
音楽もダンスも自分の好みのジャンルや系統とは違うし、ファッションに関しても、自分に似合う色ではなかったりする。たぶん、アイドルらしい、かわいい感じではないんですよね。でも、そこになじもうとは思ってないし、自分の個性を殺すよりも、持ち続けたほうがいいなと思ってて。最近、アイドルに寄せる必要はないなと思えるようになったんです。
 アイドル、特に大所帯のグループに属するアイドルというのは、なかなか自分を見定めることが難しいのではないか、と思うことがあります。活動は多岐にわたり、自分だけのために周りが動くわけではありません。そうするとおのずと、仕事によって合う合わない、得手不得手、という相性の問題は必ずついてまわります。そのうえで、運営やファン、あるいはより外部の声によって比較もされますし、また中にいる自分たち自身でもしてしまうでしょう。メンバーは仲間ですが、時にはライバルです。自分の好き嫌い、強みや弱みを把握していないと、そうした比較が、時に惑わせてしまうかもしれません。人間の魅力は多面的なものですが、そのことを忘れて、なにか一部分の評価にとらわれてしまうかもしれません。だからこそ、自分を見つめて、個性を認識し、それを活かすように努めることは極めて重要なことだと思うのです。

 乃木坂46は、個々のメンバーの得手不得手を度外視し、個性の枝葉をできるだけ切り落として同じ方向に向かってがんばろう、という段階のグループではありません。もう、プリンシパルの時代は終わりました。

 昨年あたりから、個人個人がそれぞれのフィールドで活躍する機会が格段に増え、ラジオ、舞台、バラエティ、モデル、新聞・雑誌連載、歌番組、いろいろな場所で異なるメンバーを見るようになりました。

 そして、それは同時に、個人個人の責任の増大ということでもあります。みんなで同じことをしなくなった分、一人一人が自分を見つめて、自発的に動くことが求められるようになりました。

 玲香さんは先の雑誌の中で以下のように発言しています。
そろそろ待つだけじゃなく、自分で動いてつかみに行かないといけない年齢になってきたなって思ってて。自分からアピールするのはほんっっっとに苦手なんですけど(笑)、できないなりに頑張って、自分から行動を起こしていきたいなと思いますね
 先日の舞台じょしらく弐は、立候補制でした。立候補するかしないか、どちらの選択が正しいのかは、メンバーによって違うはずです。玲香さんは立候補しました。女優を目指す彼女にとって、昨年の秋から「すべての犬は天国へ行く」「リボンの騎士」の2作品に出演したことは自分を見つめる上でとても重要な出来事であったことは間違いありません。それを踏まえた結果の一つが、立候補であったのだと思います。彼女は女優という夢に向かって着実に歩みを進めています。

 各々のメンバーの個性の発揮は、グループとしての色やまとまりが失われることと同義ではない、と私は信じています。みんながみんな同じことをしなくとも、それぞれのメンバーが、互いに異なる「それぞれの椅子」に座っていたとしても、乃木坂46というグループの色はあります。それがどんな色になるのか。一人一人の活躍がグループに還元される、と多くのメンバーが口にしています。その成果を一つの面から測る絶好の機会として全国ツアーがあります。だから、私は15thの期間が興味深いし、楽しみです。そして、その中で、玲香さんが一個人として、またキャプテンとしてどのような活躍をするのか、いまからとてもワクワクしています。

f:id:pureporu46:20160607005516j:image

「リボンの騎士」DVDが発売されたよ!

 こんにちは。昨年11月12日から17日に東京の赤坂ACTシアター、12月3日から6日に大阪のシアターBRAVA!にて上演され、好評を博したミュージカル「リボンの騎士」がこのたびDVDとなりましたので、桜井玲香さん推しの当ブログでも宣伝をします。
f:id:pureporu46:20160428155344j:image


 手塚治虫原作で誰もがそのタイトルを知るような有名な作品ではありますが、内容を知らないという方のために、まずはじめに「リボンの騎士」のあらすじを引用します。
天使のいたずらで、男の心と女の心、2つの心を持って生まれてきたサファイアは、女の子なのにシルバーランドの王子として育てられる。成長した彼女は隣国のフランツ王子に恋をし、2つの心の間でゆれうごく・・・。我が子を国王にと目論む大公達の陰謀も知らずに、即位式の場で自分が女の子であることを告白するサファイア。国外追放の身となったサファイアは、危ういところを海賊ブラッドに救われ、リボンの騎士”となって王国にはびこる悪と闘うことを決意。一方、魔女の館では、おてんば娘のへケートを立派な魔女にするために、ヘル夫人がサファイアから“女の心”を抜き取ろうと手ぐすねを引いて待っていた・・・。
(なかよし60周年記念公演 ミュージカル「リボンの騎士」より)

 桜井玲香さんが演じたのは、魔女の娘ヘケート。魔法でつくられたため心が未熟で、恋愛感情がわかりません。頑是ない子供のごとく、無邪気で純粋で好奇心の旺盛な子です。魔女の娘だからといって決して型にはめたようなわかりやすい悪役ではありません。母親のヘル夫人とともに、サファイアたちを引っ掻き回し、ときには引っ搔き回され、心を育てていきます。優しさや愛情とはなにか。サファイアと対照的に描かれ、物語を通じて成長していく、もう一人の主人公といっても良いでしょう。
f:id:pureporu46:20160428145917j:image

 この作品において、ヘケートは異色の存在であり、いわばアクセントになっています。物語は基本的に王位継承を巡る話なので、大多数の登場人物の立ち居振る舞いや口調、衣装は優雅で上品であるのに対して、ヘケートは気持ちを態度にハッキリあらわす粗野な性格であり、衣装も刺激的です。
f:id:pureporu46:20160428151256j:image
  
 しかしながら、反抗期の子どもらしさを感じさせるそのキャラクターはある意味でかわいらしく、ヘケートは作中随一の萌えキャラともいえます。玲香さんの、キャラクターの天真爛漫さを最大限に引き立てる演技は見事です。個人的に、ヘケートは作中もっとも生き生きした魅力的な登場人物であると思います。
f:id:pureporu46:20160428161212j:image

 そして、違いといえば、ミュージカルの目玉である歌にも違いが現れています。ヘケートの歌は他と異なるロック調なのです。そうした曲調もあって、普段の乃木坂のライブでは聴くことのできない玲香さんの歌声を楽しむことができます。

 特に登場曲はラスト、高音のロングトーンが絶妙で、玲香さんの歌唱力の高さを堪能することができるでしょう。「悪魔の娘よ文句ある?」というフレーズも耳から離れなくなるはずです。

 歌に関しては、さらに、母親のヘル夫人役のはいだしょうこさん(元タカラジェンヌ、うたのおねえさん)の歌声が絶品で、これに必死にくらいついてのデュエットもありますから、聴きどころたっぷりです。
 f:id:pureporu46:20160428155412j:image

 そして、最後に本編ではなく、DVDの特典である生田絵梨花さんとの対談もオススメしておきます。東京公演の千秋楽の日に撮影されたもので、お互いの好きなシーンや、好きな曲、稽古中の裏話などを語り合っているのですが、玲香さん本人が、ヘケートを演じて普段の自分も一層アイドルらしくなったと言うように、この映像でも非常にテンションが高い玲香さんの可愛い姿を観ることができます。


 というわけで、桜井玲香さんの魅力がたくさん詰まった「リボンの騎士」DVDをぜひお手元にどうぞ。

桜井玲香 個人PV紹介まとめ

 この記事では、桜井玲香さんの個人PVを紹介したいと思います。
 
 個人PVとは、乃木坂46のシングル初回仕様限定版(DVDつき)に特典として収録される一作品5分あまりの映像で、さまざまな分野のクリエイターたちがメンバー1人1人を主役に、その魅力をドラマや歌、ドキュメンタリーなど、それぞれの形で自由に表現したものです。
  
 内容は監督たちの裁量に任され、そのため同じシングルの中でも、メンバーごとにまるで毛色の異なる個性的な作品が揃います。乃木坂46が誇る、ひとつの大きな武器といえるでしょう。
 
 以下で、桜井玲香さんの個人PVを紹介しますので、気になったものがあれば、ぜひ、シングルをお買い求めください。(もしかしたら、他のメンバーの作品にお気に入りを見つけられるかもしれません。)
 
 なお、6thシングルと8thシングルにつきましては、特典映像は個人PVではないので、割愛させていただきました。
 
 

1st「ぐるぐるカーテン」(Type-C収録)

「走る少女」
監督 : 森田一
f:id:pureporu46:20160329101423j:image
 制服にローファーという出立ちの桜井が、朝日に向かってひたすらに全力で走る映像。音楽はなく、走る桜井の息遣いと、ローファーがアスファルトをリズムよく叩く音だけが響く。顔はあえて映し出されず、テロップで桜井のプロフィールや好きなものが淡々と紹介される。自己紹介だ。立ち止まって、ようやく映し出される桜井の表情は、清々しく、希望に満ちている。そして、桜井は再び走り出す。
 
公式動画リンク(フルです)

 

ぐるぐるカーテンC(DVD付)

ぐるぐるカーテンC(DVD付)

 

 



 
2nd「おいでシャンプー」(Type-A収録)
「学校帰りのさぼり」
監督 : 内村宏幸
f:id:pureporu46:20160329101437j:image
 学校帰り、桜井を待っていたのは、同じ塾に通う男子。といっても普段はみんなと一緒にいる中の、集団の中の1人にすぎない。だから、こうして2人きりで歩くのは初めて。すると、彼が突然、塾に向かう道とは違う方へ連れて行く。
「ねぇ、塾、行かないの?」
 戸惑いつつも、ぐいぐいと彼に引き込まれていく桜井の姿が映る。そして、彼女の心の声が。
ていうか、これ、どう見ても、デートだ。」
 
公式動画リンク(ダイジェストです)

 

おいでシャンプー(Type-A)(DVD付)

おいでシャンプー(Type-A)(DVD付)

 

 



 
3rd「走れ!Bicycle」(Type-C収録)
「都内名所」
監督 : AKIRA OKIMURA
f:id:pureporu46:20160329101503j:image
 渋谷、新宿、丸の内。浅草、築地、神楽坂。都内のあらゆる名所を自転車でめぐる。ときには歩き、ときには走って。ときには船に乗って。もんじゃ、お団子、卵焼き。各地の名物を食べながら。テンポよく切り替わる映像が楽しい。随所に挟まれる自撮りの動画は、いかにもひとり旅らしい。途中、ソフトクリームを落とすという、マンガのようなアクシデントで、あたふたする桜井が可愛らしい。
 
公式動画リンク(ダイジェストです)

 

走れ!Bicycle(DVD付C)

走れ!Bicycle(DVD付C)

 

 



 
4th「制服のマネキン」(Type-C収録)
監督 : 頃安祐良
f:id:pureporu46:20160401184106j:image
「自分のやり方が見つからない。」
 もともと、キャプテンなんてやるような人ではなかったし、むしろ、まとめられる側の人だった。それなのに、なぜか、乃木坂46のキャプテンに就任してしまった。
「どうしたらいいかがわからない。」
 そんな桜井が、キャプテンシーに対する苦手意識を克服すべく、小学生たちとサッカーのリフティングに挑戦する。真剣に取り組みながら、自分なりのキャプテンのやり方を模索し、一つの答えにたどり着く。
 
公式動画リンク(ダイジェスト)

 

制服のマネキン【DVD付 / Type-C】

制服のマネキン【DVD付 / Type-C】

 

 



 
5th「君の名は希望」(Type-B収録)
「どこでも小窓」
監督 : 中村太洸
f:id:pureporu46:20160401184159j:image
 未来から来た猫が置いていったのは、頭に思い描いた好きな場所を覗きこむことができる「どこでも小窓」。小窓なので、体は引っかかって通り抜けることができないが、それでも、千里眼を得たようなものなのだから愉快だ。さっそく、あちこち覗いて擬似海外旅行にでも行こう。
 そんなある日、桜井は街で通りすがりの男に一目惚れする。そして、いけないとわかっていながら、どうしても気になってしまい、つい小窓からその人の生活を覗きこんでしまう。
「私の幸せはどこにあるの?」
 
公式動画リンク(予告編)

 

君の名は希望(DVD付B)

君の名は希望(DVD付B)

 

 



 
7th「バレッタ」(Type-C収録)
「City Lights」
監督 : 岡川太郎
f:id:pureporu46:20160401184239j:image
 夜の都会の街を漫然と歩き回る桜井。地下道の蛍光灯、自動販売機の明かり、駐車場の電光看板。街灯や、オフィスビルから漏れた光。都会にあふれる、さまざまな光と、夜の闇の間を縫うように歩くと、少しずつ違う姿が映し出される。時折はさみこまれるモノクロ映像がよいアクセント。シンプルで上品なコーディネートに身を包み、無駄な装飾はない。工事現場や公園、駐車場。ありきたりな光景でも、桜井がいるだけで、なんとも絵になる。
 桜井の美しいビジュアルを存分に楽しむことのできる作品。
 
公式動画リンク(予告編)

 

バレッタ【CD+DVD盤/初回仕様限定盤C】

バレッタ【CD+DVD盤/初回仕様限定盤C】

 

 



 
9th「夏のFree&Easy」(Type-B収録)
「ほとんど役に立たない映像のお芝居サンプル」
監督 : 三木聡
f:id:pureporu46:20160401184315j:image
 「掃除機のホースを顔にだんだん近づける。何処まで行ったら顔に吸い付くかやってみたら、意外に遠くからシュポッとなってびっくり。」など、変わったテーマの短い演技ばかりを集めたタイトル通りの作品。全て桜井の一人芝居。テーマがテーマだけに、コメディ色が濃く、思わず、くすりとしてしまう。短くて、また脈絡もない場面が多いが、どれもきちんとやりきっていて、桜井の演技における器用さが見て取れる。
 
公式動画リンク(「予告編」ですが、本編には使われていないシーンばかりなので、本編しか観ていない方も必見です。)

 

夏のFree&Easy(DVD付B)

夏のFree&Easy(DVD付B)

 

 



 



 
10th「何度目の青空か?」(Type-B収録)
「20歳」
監督 : 平野奈央、福岡郷介
f:id:pureporu46:20160401184358j:image
 20歳という節目の歳を迎えた桜井の姿を記録として映像に残したような作品。本人のナレーションで、好きなものを羅列する。
「春と夏と、冬が好き。」「秋が好き。」
 詩的な言葉と、やわらかい日差しと、BGMのやさしいピアノの音色と、そして桜井の飾らない美しさが、絶妙な調和を織りなす。7thの「City Lights」とは対照的に、昼間の明かりの中の映像。解放的な空、髪をなでるそよ風、太陽の光が桜井によく似合う。エンドロールでは、幼少期から20歳になるまでの写真が並ぶニクい演出。
 
公式動画リンク(予告編)

 

何度目の青空か?(DVD付B)

何度目の青空か?(DVD付B)

 

 



 



 
11th「命は美しい」(Type-A収録)
「早春の発熱」
(衛藤美彩とのペア作品)
監督 : 今泉力哉
f:id:pureporu46:20160401184511j:image
  桜井と衛藤は親友どうし。友情のために、お互いに秘密を抱える。恋が2人の関係の邪魔にならないように。
 桜井のつくった歌を歌う2人。イヤフォンを片耳ずつ分け合う様子があたたかい。失恋の歌だ。なにを思い、歌っているのだろうか。
 歌唱力に定評のある2人の歌声を堪能できる作品。桜井の甘くて湿った、からみつくような歌声が歌詞とリンクし、心地よい。
 歌い終わると、コンビニに買い物に出かける。じゃれあう2人の後ろ姿が良い。
 
公式動画リンク(予告編)

 

 

命は美しい(Type-A)(DVD付)

命は美しい(Type-A)(DVD付)

 

 

 



 
12th「太陽ノック」(Type-A収録)
「夏のせい。」
(伊藤万理華とのペア作品)
監督 : 山岸聖太
f:id:pureporu46:20160401184539j:image
 「おせーぞ、ブス」
 学校の屋上、少し粗暴で強気な少女(伊藤)と、地味で真面目なクラス委員(桜井)の交流を描く。桜井は、クラスにおける伊藤の人間関係を心配する。
「じゃあ、あんたはさぁ、こうやってあたしと話したりすること得だって思ってるんだ」
無言で頷く桜井。2人の少女の間で不器用に育まれる友情。温度差が少しずつなくなっていく。
「嘘だ、ブス」「…おい!」
 冗談を言い合う少女たちの屈託のない笑顔がまぶしい。
 2人のたしかな演技力と、印象的なセリフが魅力的な作品。
 
公式動画リンク(予告編)

 

太陽ノック(Type-A)(DVD付)

太陽ノック(Type-A)(DVD付)

 

 



 
13th「今、話したい誰かがいる」(Type-A収録)
桜井玲香とその手仕事」
監督 : 西井舞
f:id:pureporu46:20160401184608j:image
 制服のうしろのホックを外す、髪を束ねる、服にペイントする、卵を割る、ごはんを口に運ぶ。作業する桜井の姿を間近で撮影した繊細で美しい映像。丸みを帯びた小さな手、指の爪、うなじ、わずかに立った耳の形、大きな目と口、色っぽい厚めの唇、口の横にある2つのほくろ、しっかりとした端麗な鼻梁、凛々しい眉。桜井玲香という素材の美しさをこれでもかというほど、映し出す。最後に、自らペイントしたドレスに身を包み、髪型もセットして、カーテンの奥から登場する桜井の姿に思わず見惚れてしまう。
 
公式動画リンク(予告編)

 

 

 

 



 
14th「ハルジオンが咲く頃」(Type-B収録)
「アイラブユー」
監督 : 松本壮史
f:id:pureporu46:20160401184634j:image
 放課後の教室。桜井が忘れ物を取りにくると、そこにいたのは、告白の練習をする告白マニアの男、山田。
「ねぇ。あたしに告白してみてよ。」
 実際に告白をしたことも、そもそも恋をしたこともない山田は、皮肉にも告白のことをなにもわかっていない。
「じゃあ、やってみてよ。お手本」
 うながされた桜井の告白は、至極シンプルな言葉だが、緊張と真剣さと不安と覚悟と、いろんな感情の入り混じった誠実なものだった。
 はじめて人を好きになった瞬間。爽やかな音楽が鳴り響く。青春の匂いが充満した作品。
 
公式動画リンク(予告編)

 

ハルジオンが咲く頃(Type-B)(DVD付)

ハルジオンが咲く頃(Type-B)(DVD付)

 

 



 
 
参考文献
「MdN EXTRA Vol.3 乃木坂46 映像の世界」MdN EXTRA Vol.3 乃木坂46 映像の世界 (インプレスムック)

 

 

 

 

 

 

 

「君の足跡」を読んで

  よく、映画を観たあとに、パンフレットにある制作陣のインタビューなどを読んで、改めてもう一度観直すと、印象が変化したり、新たな面白さを発見したりすることがあります。
 生駒里奈ちゃんのファースト写真集「君の足跡」(本日2/24発売)は私がまさにそんな体験をした作品となりました。生駒里奈ちゃんとカメラマンの青山裕企氏とのインタビュー(https://cakes.mu/posts/12306)を読んで私がどのようにこの作品を捉えるようになったのかを、この記事では書きたいと思います。

 あらかじめ断わっておきますが、以下の私の感想は制作者の意図を断定する目的のものではなく、あくまでも一読者として私個人が勝手に想像をはたらかせたものであり、いわば私の見方あるいは解釈です。写真集としてひとたび制作者の手を離れたら、その解釈は読者の自由である、ということを前提に、数多ある意見の一つに過ぎないものとして許容されることを願います。


 まずは生駒ちゃんの上記のインタビューでの発言を引用をします。この作品に彼女はどのような意図で臨んだのでしょうか。
制服とか学校っていう「10代をテーマにした作品集を出したい」
アイドルが写真集っていうと、普通はその子の持っている良さだとか、素の部分を撮ってもらうものじゃないですか。でも私はそういうのじゃなく、こういう学校のシチュエーションだったり、10代の女の子が着る制服の良さを収めた作品集を作ってもらいたかった
ーーアイドル・生駒里奈を軸にした写真集ではなく、自分を素材にしたシチュエーションや衣装を見せるものにしたかった?
そうそう、そうなんです。(中略)乃木坂46の中でも、私って一番そういう制服の女の子の良さを伝えるのに向いてると思うんです。
 そして、次に同じインタビューでの青山氏の発言。
現役アイドルの生駒里奈を撮るからには、どこまでいっても“アイドル写真集”っていうパッケージから出られるものじゃないと思うんです。だから、ファンの方が見たいであろう写真を入れつつ、生駒ちゃんがやりたいことをやり、僕がやりたいこともやった
 ファンが見たい写真というのは、生駒ちゃんの言うように、「その子の持っている良さだとか、素の部分」を引き出した写真であって、それはたとえば表情から生駒ちゃんの人間性を垣間見ることのできるような、個性の強味をいかした写真でしょう。
 ところが、生駒ちゃんのやりたいこととは、生駒ちゃんらしさを消して、いわばマネキンと化すことであった。生駒里奈のビジュアルだけを切り抜いて、個性を排除した、その先の内面的個性を想像させないような写真です。生駒ちゃんは、10代の女子学生の持つ、成熟しきらない中性的な部分を、自身の身体的特徴や雰囲気に重ね合わせています。どうやら、彼女は自分自身を「10代」だとか「学生」だとかいった言葉が内包するイメージの象徴的存在として捉えているらしい。

 おもしろいのは、これらの要求が一見アンバランスに見えて、実は調和がとれているということです。写真集の中で、生駒ちゃんは無表情であったり、哀しみを漂わせたような表情が多く、それはある意味でマネキンらしさを演出するのに効果的でありながら、また、ファンが求める生駒ちゃんの持つクールさ、儚げな魅力を伝えてもいるわけです。さらに、以下で述べるように、この作品を生駒ちゃんの人生の歩みを隠喩する作品として見たときに、このマネキンとしての個性を削った生駒ちゃんこそが、作品を通して見たときに彼女の「足跡」を表現するのにかえって役立っているという不思議な現象に気づくのです。

f:id:pureporu46:20160224102548j:image

 青山氏はこの写真集を生駒ちゃんの成長の記録としても位置付けていることを、コメント(https://twitter.com/yukiao/status/687117720484106240)の中で語っています。
10代の、大人になる前の生駒ちゃんの成長を、しっかり将来に本という形で残してあげたい
生駒ちゃんが生まれた故郷である秋田の空気をいっぱい詰め込んで、そんななかで泣き虫だった生駒ちゃんも、いろんな困難を自力で乗り越えて、しっかりと立派に成長してゆく姿を残すことが出来るように、さまざまな工夫を凝らしました。
 この写真集が、生駒ちゃんの人生の歩みを隠喩するものであることは、題名の「君の足跡」でも表現されています。

 私はこの写真集は、生駒ちゃんが芸能界に入る前からはじまって、乃木坂46に入り、困難を乗り越え、成長し、強くなっていく過程をうまく描いていると感じました。

 彼女の故郷である秋田というのは、彼女が芸能界に入る前に住んでいた世界です。いわば、非芸能界の象徴です。しかし、写真集の撮影でその地に帰った生駒里奈は公的な存在、芸能人としての「生駒里奈」です。この変化、ギャップが見事に表現されているのが、最後の雪景色の一連の写真です。中でも、特に、見開きで生駒ちゃんが雪原に佇む姿を捉えた写真が続くページは対照的でおもしろい。子供らしいオーバーオールに身を包んだ生駒ちゃんは、ポージングも表情も幼く無垢で彼女の上京前のイメージです。一方で、次の、白いワンピースに身を包んだ生駒ちゃんは凛々しく、強さを感じさせ、それは乃木坂46に入り成長したイメージです。寒そうなワンピースの季節感のなさは、芸能界の非日常性を表しているものと捉えることができます。

 次に、中盤にある、黒いドレスに身を包み、ガッツリと濃いメイクをした生駒ちゃんと、白い制服に身を包み、自然体であどけなさの残る生駒ちゃんとの見開きでの対比も、また印象的です。もちろん黒ドレスが芸能人としての「生駒里奈」、白制服が芸能人になる以前の生駒里奈です。

 ところで、こちらも生駒ちゃんの人生において非芸能界の象徴であろう学校というものは、この写真集の中ではどのような意義が与えられているのでしょうか。

f:id:pureporu46:20160224104633j:image

 私がこの写真集をみて気になったのは、他者の存在の痕跡が徹底的に排除されている、ということでした。写真集全体を通して、生駒ちゃん以外の人物がまるで写り込まない。遠景にボヤけた影すらも見えない。このことが強烈な印象を与えるのは、違和感のせいでしょうか。教室、校庭、体育館。本来ならば学生たちで溢れているはずの場所。そんな場所に、人が存在しない。生駒ちゃんだけが、ただ一人存在している。生駒ちゃん個人にフォーカスを当てれば、どのシーンもありふれた日常的な光景なのに、周りに人の影がまるで存在しないことで、途端に非日常性を帯びます。

 もちろん、周りに学生がいたら撮影にならないだとか、生駒ちゃんという被写体を美しく見せるための障害を除いたとか、そんなような理由で生駒ちゃん以外の人が存在しないというのが真実であるかもしれません。しかしながら、私にはそれ以上の何かを感じさせたのです。

 学校という舞台は、生駒ちゃんの学生時代を彷彿させます。しかし、生駒ちゃんと、彼女のプライベートな学生生活というものはあまりうまく結びつきません。なぜなら、彼女自身がそこに触れるのを避けていたから。それは、乃木坂46のドキュメンタリー映画の中でも語られていた過去の苦しい記憶があるからでしょうか。自分はスクールカーストの底辺にいた、と回想する生駒ちゃんにとって、学校という舞台が意味するものを考えたとき、この写真集の中でそこに人の影が見えないのは、もしかしたら、ある種の記憶の美化あるいは過去からの逃避なのではないか、とそんなことを感じました。ここに見て取れる暗い一面は、彼女にとって負の側面であると同時に、危うげで不思議な、彼女のもつ魔性の魅力でもあります。すなわち、彼女の陰の部分が、アイドル「生駒里奈」の独特の魅力を形成するのに役立っているということを、改めて思い知るわけです。
f:id:pureporu46:20160224104656j:image
 

 生駒里奈ファースト写真集「君の足跡」はそういうわけで、生駒里奈の魅力が存分に詰まった作品です。ぜひご購入を。